嫉妬について、ふと思うこと
「お前、嫉妬するなよな。」とか。
「人の嫉妬っていやだよね」とか。
「嫉妬」というものが、悪者と捉えられて久しい昨今。みなさま、いかがおすごしでしょうか。
最近、わたくし。強烈に嫉妬するブログを見つけまして。
いや、もうね。
平常心では読めないんですよ。面白すぎて。
なんなん?この才能。
一体、どんな徳積んだの?前世。
蜘蛛救ったの?
なに救ったの?
と、自分のカルマと闘っておりました、青木です。
(まいど)
この仕事をしていると、色々な相談をされることがありまして。
私的には、人生相談くると、めちゃくちゃテンションが上がるのですが。
その中でもわりと取り扱いに困っている人が多そうな学科。「嫉妬」という科目について、今日はふと思うことをシェアしようかな、と思います。
嫉妬の種類
「嫉妬」って、2種類ありますよね。
それが、これ。
・人に対して持つ嫉妬
・人から受ける嫉妬
なので、本日は、2つに分けてお届けしてみようかな、と思います。
まず、自分が持つ嫉妬について
これは、あくまでも私の見解ですが。私が「嫉妬」という感情を持った時、どういう風に反応するように気をつけているか、というと。(これ、その感情を感じたら、なにをするのか、って決めておくと色々便利だと思う)
まず、最初にこれ
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
喜ぶ
「私、嫉妬できた!」
「嫉妬できるものに、出逢った!」
が、最初のステップではないかと思うわけです。
なぜなら。たぶん
嫉妬とは、「自分の伸びしろ」だから。(名言デタ)
自分と相手との間にあって、自分の潜在意識が「そこまでいける」+「実はそこにいきたい」と思っている伸びしろ。それが嫉妬という感情だと思います。(定義づけも大事だよね)
だってね。
本当にすごい人には、嫉妬ってなかなかできないから。憧れちゃうのよ。
なので、イチローに嫉妬する人は、イチローになれる伸びしろがあるっていうことだろうな、と思うわけです。坂本龍馬に嫉妬する人は、日本を変えれる人。
そういうことじゃなかろうかと。
なので、「嫉妬」が襲ってきた時点で、
「あ、私こうなりたいのか。オッケー嫉妬。まかせて!」
が正しい反応だと思うわけです。
そして、その人と自分の間にある自分の「伸びしろ」に着手する。
その人との差を埋めていく努力をする。
やっぱり、向き合うのは「自分」
どんな時だって、見たい景色を見せに連れていってくれるのは、自分。
相手をけなしてみたり、相手を落としてみたりして、自分と相手との差がなくなったような気がしてほっとする感情が出てくる瞬間って、たしかにある。だって、自分が感じるこの「もやもや」の原因は、そこにある「差」なわけで。自分が発する言葉によってその「差」が中和されるような気がすると、ほっとする。なにも自分を動かすことなく、苦労なく、この強烈な不安とか、違和感から解放される気がする。この「ほっとする」を取りに行っちゃう。楽だから。
でも、実は、それはすごくすごくもったいないことな気がするわけです。
せっかく「自分はこうなりたい」っていう情報が溢れてきてるんだし。
あ、そういえば、先日出逢ったコトバに、
「悩みの奥に潜む、自分の願いをちゃんと救出する」
っていうのがあった・・・。(Aiさんの日めくり五術→これ)
すごい好き。このコトバ。
「悩み」と「自分」の距離感が好き。
飲み込まれていない感じ。
特にこのコトバ→「救出」
頭の中で、やまPと新垣結衣がストレッチャー持ってきてくれてる感じが好き。
そうやって、救出された「願い」と向き合って、自分をそこまで連れていってあげる方が、実は苦しくない。大変ではあるけど。
さらにそういえば、今朝友達のかずかずことカズオ・イシカワが、こんなこと言ってた。
ホント、そうだよね・・・。
大変だよね。本物の努力。
私はめちゃくちゃ不器用だから、「やりたいのは自分」のクセによく泣きながらやる。
宇多田ヒカル師匠も言ってたけど、「つまづきながらって、口でいうほど楽じゃない」
それでも、自分の願いを救出せずに、その感情の波にもまれ続けて、ある日突然「あ、人生が終わっちゃう」って気がつくよりも、その泣きながらでも前に進み続けることって、最終自分を救うことになると思う。
(※かずかず、普段面白いことしか言わないんだけど、実はすごい人→こちら)
なので、胸がざわつくような嫉妬を感じたら・・・
喜ぶ。
↓
自分を知る(望みを救出)
↓
相手を研究する
↓
差がどこにあるのか、仮説を立てる
↓
埋めてみる
↓
PDCAを回す
※PDCA
↓
P=Plan(計画)
D=Do(実行)
C=Check(評価)
A=Action(改善)
みたいな感じじゃないかな、と思うわけです。ぐんぐん前に進む感じ。
じゃあ、人から嫉妬を受けた時は?
多分、これも発想は同じで。
私は、2つのステップを踏むことにしています。
1)共感する
2)自分、まだまだだな、と思う。
まず、1)共感する。
「この人、苦しいんだな」
「自分を信じられないんだな」
と、その苦しさに思いを馳せる。
そして、勇気づけられるならそうするけど、相手が感情の波に飲まれちゃってたら、祈りを込めてそっとしておく。
そして、2)
「嫉妬」の対象になっている時点で、自分はまだまだだな、と思う。
「憧れ」の対象になるレベルまで、自分を高める良いチャンスだな、と考える。
そうしたら、どっちも自分を高めてくれる。
そりゃあ、自分と向き合うって、生易しくないから、いつも「わちゃわちゃ」言ってから着手するわけだけども。
こういう発想を知っているだけで、「わちゃわちゃし終わった後、じゃあどうするのか?」の選択肢のひとつに入れておけたら、みんな、勇気に溢れるんじゃないかな、と思うわけです。
私が人生で見たい景色は、「勇気にあふれた人の顔」
自分を信じられるって、本当に豊かだよね。そして、美しい。
そういう人が、ひとりでも多くなりますように。
私も、とりあえず、嫉妬を覚える文章との差を埋めるべく、PDCA回そうと思います。
おしまい